最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)2号 判決 1980年1月24日
上告人
共同技研株式会社
右代表者
河合啓輝
右訴訟代理人
高野裕士
角田嘉宏
被上告人
ニホン工缶株式会社
右代表者
林久
右訴訟代理人
布井要太郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高野裕士、同角田嘉宏の上告理由について
実用新案登録の無効についての審決の取消訴訟においては、審判の手続において審理判断されていなかつた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断することの許されないことは、当裁判所の判例の趣旨とするところであるが(最高裁昭和四二年(行ツ)第二八号同五一年三月一〇日大法廷判決・民集三〇巻二号七九頁参照)、審判の手続において審理判断されていた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断するにあたり、審判の手続にはあらわれていなかつた資料に基づき右考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)の実用新案登録出願当時における技術常識を認定し、これによつて同考案のもつ意義を明らかにしたうえ無効原因の存否を認定したとしても、このことから審判の手続において審理判断されていなかつた刊行物記載の考案との対比における無効原因の存否を認定して審決の適法、違法を判断したものということはできない。
本件についてこれをみるのに、原審は、所論の乙一号証の二により当業者の右実用新案登録出願当時における技術常識を認定し、これにより審判の手続において審理判断されていた第三引用例に本件考案における密封包装の技術が開示されていると認定して本件考案が第一ないし第三引用例からきわめて容易に考案することができたとした審決の判断を支持したものであることは、原判文に照らして明らかであるから、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 戸田弘 中村治朗)
上告代理人髙野裕士、同角田嘉宏の上告理由
<前略>
二、原判決は前記最高裁判決に違背している点について
(一) 原判決で問題とすべきは次の判示事項にある。
甲第七号証と成立に争いのない乙第一号証の二、第三引用例の解説を含む、雑誌(「新しい包装」)の記事をあわせると、第三引用例記載の前記「シーラー・クーラー」とは冷却機構をとり入れたシユリンク・トンネル(「シユリンク・トンネル」とは、工業的に多量の包装をするため、箱状をした密閉体の内部に加熱空気を発生させて強制循環をさせておき、加熱収縮性フイルムにつつまれた被包装物をコンベアーによつて移送して、この内部を通過させる装置)を意味することが認められるから、第三引用例に記載された「包んで収縮する」包装方式も熱収縮性フイルムにつつまれた被包装物をしてシユリンク・トンネルを通過させ、包装物全体を加熱することを前提としていると解することができるとした点である。
これを検討するに
1 乙第一号証の二(「新しい包装」)は無効審判においては、提出されておらず、原審においてはじめて提出されたものである。
2 第三引用例が「全体加熱」を示しているかどうかについて右の乙第一号証の二を「あわせて」積極的な証拠として採用している。
3 結論的に新証拠たる乙第一号証の二を用いて、第三引用例記載の「シーラー・クーラー」を「冷却機構をとり入れたシユリンク・トンネル」を意味するものとして第三引用例にシユリンク・トンネル通過による「全体加熱」が示されていると判断している。
(二) ところで狭義の特許訴訟において新たな公知事実を主張することの可否については昭和四二年(行ツ)第二八号審決取消請求事件についての昭和五一年三月一〇日最高裁大法廷判決は「審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。」と判示し、取消訴訟において新しい公知事実の主張及びそれに関する証拠の提出を禁じたのである。
(三) 原審が乙第一号証の二を公知事実に関して新しい証拠として用いたことは明白である。この点に右最高裁判決に違背する違法がある。
すなわち、第三引用例の「包んで収縮する」項に示されているシーラー・クーラーはその説明文「包装体は折り重ね部分を下向きにして、シーラー・クーラーの上を通過させる。」(Package is pas-sed, folds down, over a sealercooler.)及び同項の説明図から、ホツトプレート(加熱板)とクールドプレート(冷却板)を組合せたものであることは明白であるにも拘らず、第三引用例より約二年後に刊行された乙第一号証の二(この刊行物「新しい包装」の緒言でも明らかな様にこの二年間のシユリンク包装に開する技術進歩は極めて大きく「新しい包装」は原審認定の様な単なる第三引用例の説明文ではなく別個の刊行物である。)の「シーラー・クーラーとは冷却機構をとり入れたシユリンク・トンネル」であるかの如き、内容において誤つた説明文の記載を用いて、シーラー・クーラーにより包装体が全体加熱されると判断したのは、審判段階で提出されなかつた新たな証拠を用いるという違法を犯すと共に、更に内容においても誤るという、二重の誤りを犯したものであるといわなければならない。
ちなみに、シーラー・クーラーとはホツトプレートとクールドプレートを同一平面上に隣接せしめ、その上を折り重ね部分を下にした包装体を通過せしめるものであることは、前記第三引用例の説明文と図面により明らかであるが、なお、第三引用例(モダンパツケージング)の翌年版である一九六三年版第二九四頁の右欄の右同趣旨の記載によつても明白である。
要するに原審は第三引用例の記載内容につき、新しい証拠を用いて誤つた解釈をしている。
従つて、その新しい証拠の「シーラー・クーラー」に関する解釈内容が第三引用例の記載内容に照応しないから、当該新たな証拠は第三引用例とは別個の独立した引用例といわざるを得ない。
もし、原審において、新しく提出された乙第一号証の二がなければ、第三引用例は「全体加熱」が示されているとの判断に至らなかつたものといわざるを得ないのである。
三、結語
以上の次第で原判決は、前記最高裁大法廷判決に違背しており、原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されなければならないと思料する。
最後に上告人の親会社である訴外日清食品株式会社は本件実用新案を実施することによつて昭和四六年頃、所謂「カツプヌードル」をはじめとする新規商品であるカツプ入りスナツク麺を開発し同業者にも本件実用新案に基く実施許諾を与えた。かくしてこのカツプ入りスナツク麺は革命的商品として新しい加工食品のジヤンルを拓いたものであることは周知でありそういうものとして本考案は重要な意味をもつものである。